社内SE

「Re:ゼロから始める社内SE生活」#01 丸投げ、多重請負との出会い

 社内SEの体験を色々と振り返るフィクション小説です。「Re: ゼロから始める社内SE生活」#01、丸投げ、多重請負との出会い。

ちょっと特殊な社内SE部署に配属される

 2004年春、僕は大阪から東京に転勤することになった。組織統合により大阪事務所が解体されるとのことで、以前より希望を出していた開発部署への異動が叶った形だ。

 東京での新しい部署は、日本全国津々浦々に設置する特殊ネットワーク機器を開発する部署だ。部署全体としては100名程度の大所帯。その中で、8名で構成する小さな課に配属された。この課ではネットワーク機器を開発するのではなく、ネットワーク機器を設置・運営する業務を支援するシステムを開発する課だった。一般的に、これらの業務支援システムのことを、BSS(Business Support System)とか、OSS(Operation Support System)という。

 システムを開発するので、いわゆる情シスと思われるかもしれないが、情シスとは少し毛色が違う。情シス部署は別にあり、財務会計・契約管理・物流管理・営業支援・社内OAといった「どの業界のどの企業でもやること」を専門開発する部門と位置付けられていた。

 情シスがあるのに他部署でも情報システムを開発するの?と疑問に思うだろうが、意外と情シス以外でもシステム開発をすることがある。情シスにシステム開発を依頼しても一切言うことを聞いてくれないからだ。そこで、各ビジネスユニットが独自にシステム開発を進めていき、様々なビジネスユニットに様々な開発部門が点在する組織構造に落ち着いていた。僕が赴任したのはその点在するシステム開発部門のひとつだった。

 

 赴任先の課長は不思議な方だった。マントヒヒに似ていたので、マントヒヒ課長と呼ぼう。通例、課長は数年でローテンションするので基本的に腰掛けだ。そのため、マントヒヒ課長のモチベーションは、赴任期間中に重大インシデントを起こさないこと、社内に敵を作らないこと、数字目標を達成することに特化していた。システムでなにかを成し遂げたいという想いはゼロだった。

 マントヒヒ課長はむかし、ネットワーク規格の標準化活動を行っていた方とのことだった。雰囲気は大学教授のようで知性は高いのだが、プロトコル標準を作っていたマントヒヒからすれば、システム開発は所詮インプリの世界であり、下々の仕事なのだ、と思っていたのだろう。

社内SEのお仕事は平謝りからはじまった

 最初に担当したシステムはネットワーク機器のトラヒックモニタ。

 全国津々浦々に設置しているネットワーク機器からトラヒックデータを収集し、リアルタイムに可視化するシステムだ。このシステムは、ネットワーク機器が高負荷になったときに迂回ルートを探すとか、迂回させたあとの正常性確認に使うものと説明された。

 さて、最初のお仕事はトラヒックモニタの障害報告打ち合わせだった。

「障害報告?」

 よく分からなかった。開発部署なら自分たちでプログラムを書いているはずなのに、なぜ外来用の会議室で打ち合わせがあるのだろう?それに報告ってなに?まあ分からないけど、とりあえず先輩に付いて行ってみることにした。

 

 会議室に入るとスーツ姿のいかついオヤジ連中が鎮座している。名刺交換をすると、どうも超有名メーカの部長・課長らしい。これはなんだ?圧迫面接でもはじまるのか?僕は何も知らないのだけど怒られるのか?と不安な気持ちになる。

「大変、申し訳ありません!!」

 平謝りである。

 僕がではない、オヤジ連中が、である。

 

 今日来たばかりの20代の若者に、超有名メーカの部長・課長が頭をさげている。メーカの若い担当者が一通り説明し終わったあと、先輩たちは「原因は?対策は?」とまくしたてる。「申し訳ありません」を連呼するオヤジ連中。僕は全く発言もできず、この異様な世界を観察することしかできなかった。

 

 丸投げ、多重請負構造に直面した最初の出来事である。

 

つづく