社内SE

「Re:ゼロから始める社内SE生活」#04 はじめてのデスマーチ

社内SEの体験を色々と振り返るフィクション小説です。「Re: ゼロから始める社内SE生活」#04、はじめてのデスマーチ。

前回はこちら

CMDBとは何か

マントヒヒ課長は言った。

「CMDBを担当して、まずはテストに加わってほしい」

このCMDBは、もっとも思い出深く、そしてもっとも多くの失敗をしたシステムである。そしてその失敗からたくさんのことを学び、最終的にはそれらの対策を入れ込んだ後継システムを作ることになる。

CMDB (Configuration Management Database) とは、構成管理データベースやマスタ管理データベースと呼ばれるシステムで、企業内の様々な「モノ」を管理するデータベースである。社内OA管理であれば社内のPC台帳になるだろか。社内にあるPCのメーカー・スペック・OSは何か、そして誰がそのPCを使っているかなど、「モノ」とその関連を集中的に管理する。

CMDB単体として利用する役目もあれば、関連する複数のシステムへマスタデータを提供する役目もある。PCが故障したときに参照するし、Windows 7のサポート終了のときにも、対象機器を特定するために参照する。また、PC購買を効率化するシステムを作ったらデータ連携するし、社員の入社・退社を管理するシステムを作ったときもデータ連携する。

CMDBは、業務支援システム群全体の中核をなす非常に重要な要素になる。

企業は自社内の「モノ」を正確に管理できてはじめて、適切な業務を遂行することができる。もしCMDBのデータが間違っていたら、間違った業務を行ってしまい、ときにはお客様の信用を失墜してしまいかねない。また、間違ったデータを他にシステムに連携してしまったら、連携先のシステムもゴミになってしまう。

統合CMDBシステムの担当になる

僕は、統合CMDBの開発担当にアサインされた。

当時、様々な事情から、ネットワーク機器のモノ管理は支社別に行っていた。機器の多い東京支店は独自のCMDBを構築しているが、機器の少ない高松支店はエクセルファイルで管理しているといった具合だ。

そのため「全国のネットワーク機器リストを作ろう!」と思ったら、各支店の担当者にお願いして、別々のフォーマットのデータを受け取り、これらを統合して作っていた。また、前述のトラヒックモニタを動かすためにはネットワーク機器リストが必要になるので、このデータ統合作業を毎日実施する必要がある。

これらの課題解決のため、ネットワーク機器の統合CMDBを構築するプロジェクトが立ち上がり、実際にシステム開発を行っていた。
 

デスマーチに巻き込まれる

さて、そんな統合CMDBだが、開発は遅延に遅延を繰り返し、ローンチが予定より1年遅れているとのことだった。

僕はそんな遅延のことなどつゆも知らず、最終工程である受入試験(ユーザー企業がシステムが業務に使えるかを確認する試験)にテスターとして参加することになった。そして、そこで初めてのデスマーチに出会うことになった。

統合CMDBの社内PMである先輩に訊く。この先輩はカモノハシに似ていたので、カモノハシ先輩と呼ぼう。

僕「何をテストすればいいですか?」
カモノハシ「SIerさんの総合試験項目をなぞって」

意味不明である。SIerさんが試験し終わった項目をもう一度やれという。試験は終わっているはずなのでもう一回やるのは無意味ではないのか?というか、丸投げとはいえテスト項目くらいはユーザー企業で作らなければいけないのではないのか?そんな疑問が残りつつも、とりあえず言われた通りにテストをしてみる。

とある連携ファイルを収集した途端、100件近いエラーメッセージが出る。

僕「たくさんエラー出ましたけど?」
カモノハシ「あちゃあ・・、ここに仕様書があるから、エラー原因探って」

出てきたエラーメッセージを頼りに原因を探ってみる。どうもエクセルファイルを収集・解析している処理のようだが、元のエクセルファイルでセル結合しているのが悪さをしていてエラーになっているようだ。

僕「セル結合しているとダメみたいです」
カモノハシ「そっか、ありがと」

そういうと、カモノハシは仕様変更管理簿にその旨を記載しSIerに送付した。その「あちゃあ」の流れを約50ファイル分繰り返す。エラーが発生しないファイルはひとつもなく、全てのエラーは仕様変更依頼として不具合修正を重ねていった。

デスマーチは続くよどこまでも

まるで地獄だった。

毎週のように仕様変更を盛り込んだ修正版のソフトウェアをリリースする。そしてリリースした後に再度テストをするとまた大量のエラーが出て仕様変更を繰り返す。毎日終電までテストし、原因調査し、リリース立会し、そして仕様変更協議を繰り返していた。

「この不毛な時間はいつになったら終わるのか・・」

毎週、SIerさんと打ち合わせをしていたが、まるでお通夜である。積み上がる仕様変更管理簿を前に、ただただため息だけのユーザー側と、死んだ眼をしたSIer担当者。すでにお互い言い争いもなく、はい、はい、を繰り返すだけのマシーンになっていた。

いつ終わるともしれない終電生活。気が付くと世間は夏になっていた。

そんなの何ヶ月も続けたの!?

そーだよ。

つづく。